「リアルな人工乳房」を目指して ― 形が変わる“本物らしさ”への挑戦

「リアルな人工乳房」を目指して

〜形状変化に挑む日々と、ものづくりの裏側〜

私たちエピテーゼサロン・綴では、人工乳房(乳房エピテーゼ)の製作を通して、乳がんを経験された方々の外見の回復と心のケアに寄り添うことを使命としています。
その中でも、常に私たちを悩ませ、また大きな挑戦となっているテーマがあります。

「立ったとき」と「寝たとき」で乳房の形が変わる現実の“柔らかさ”と“重み”を、人工物でどう再現するか。

これは一見すると単純な問題のようですが、実際にはとても奥深く、医学・工学・材料学、そして職人としての感覚が必要になる難しい課題です。

このブログでは、日々向き合っているその挑戦について、少し詳しくお話したいと思います。

乳房は“動く”構造物 ― 理想と現実のギャップ

乳房は、脂肪・乳腺・皮膚・靭帯など、多様な組織で成り立っています。
その構造上、乳房は“静的な形”ではなく、常に動き続けている部位です。

寝ると左右に広がる

横向きでは流れる

立つと自然な下垂が生まれる

歩行時には揺れが生じる

こうした形状変化は、すべて柔らかな組織が重力と姿勢の影響を受けて生まれる、いわば“自然な動き”。

しかし人工乳房は素材の特性上、形状記憶性が強く、
「動きに追従する」
という部分がどうしても弱くなってしまいます。

「形が似てさえいれば良い」という時代はすでに終わり、
生活の中で自然に感じられるかどうか
が今の人工乳房には求められています。

この“理想と現実のギャップ”こそが、私たちの挑戦の出発点です。

より自然に近づけたい ― 試行錯誤の日々

私たちの工房では、この課題に向き合うために様々な探索を続けています。

① シリコン素材の組み合わせ

柔らかいほどリアルに近づきますが、柔らかすぎると耐久性が落ち、破損しやすくなります。

“柔らかさ”と“強さ”のバランス

外側と内側の硬度差の調整

温度による変化の検証

このように、同じシリコンでも数十種類の組み合わせを試しながら、最適解を探っています。

② 重さ・揺れの再現

自然な揺れは、形状だけでなく「重量の配置」も影響します。
そのため、

中空構造

ゲル素材の封入

ウェイトの配置調整

など、内部構造の工夫により“自然な重心”を再現する研究もしています。

③ 3Dデータで姿勢変化を読み解く

近年は、

立位CT

臥位CT

3Dスキャン

などを比較し、姿勢による形状変化を数値として捉える試みも始まっています。

乳房は「固体」ではなく「流動体」に近い動きをします。
この流れ方をデジタルで“見える化”することは、人工乳房製作の大きなヒントとなりつつあります。

形の研究はサージカルガイドにも生きる

乳房の動きに関する知見は、人工乳房に留まりません。
再建手術で使用するサージカルガイドの設計にも大きく役立つ可能性があります。

具体的には——

・術前計画での乳房シミュレーション

皮膚のたるみや緊張、動きの範囲などを考慮したガイド作りに反映できます。

・インプラント位置決定のサポート

立位と臥位で皮膚・脂肪の動きは変わるため、その特徴を理解することは重要です。

・左右差の評価に活用

姿勢変化による左右差を3Dデータで“見える化”し、術後の仕上がりを予測しやすくなります。

このように、人工乳房の研究は“形を再現する”以上の価値を持ち、
医療との連携を深め、より良い再建の未来に貢献できる
と確信しています。

人工乳房は“再現物”ではなく“生活の相棒”へ

私たちが大切にしている想いがあります。

人工乳房は、失った乳房をただ“真似るもの”ではない。
その人の生活に自然に寄り添い、毎日を支える“パートナー”であるべき。

立っても自然

寝ても自然

動いても自然

その「自然さ」を追求することは、終わりの見えない挑戦です。
しかし、だからこそやりがいがあり、進むほどに患者様の喜びに近づくことを実感します。

今後は、

温度で柔らかさが変化する新素材

自分で微調整できる人工乳房

AIによる形状変化の予測モデル

など、未来に向けた研究の可能性も広がっています。

最後に ― 笑顔のために進み続ける

乳房を失うという経験は、身体的ダメージだけでなく、心の深い部分にも大きな影響を与えます。
その心に少しでも寄り添えるものを作りたい。
その想いが、私たちのものづくりの原点です。

“リアルを追求する旅”は、これからも続きます。

そしてその先に、
お客様が安心して笑顔になれる未来があることを信じて——

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すぎちゃん

杉本 雄二(すぎもと・ゆうじ)プロフィール
エピテーゼサロン綴 代表。
歯科技工士/日本歯科技工学会 評議員/技工士教育・研究開発にも精力的に取り組む。
1984年に富山歯科総合学院 歯科技工士科を卒業後、石川県立中央病院 歯科口腔外科に勤務。
1994年に歯科技工所「デントニウム」を開設、2003年には法人化。
以来、歯科技工だけでなく、再建医療・審美分野への応用技術に取り組み、
人工乳房・耳・指などのエピテーゼ製作やカスタム手術ガイドの開発も行っている。
■ 主な役職歴
• 2014〜2020年:石川県歯科技工士会 会長
• 2022年〜:石川県歯科技工士連盟 会長
• 日本歯科技工学会 評議員
• 第41回日本歯科技工学会 準備委員長
• 2016〜2018年:日本歯科技工士連盟 理事
■ 海外発表・国際活動
• 2013年:国際歯科技工学会(韓国)にて発表
• 2017年:ベトナム国際セミナー「歯科医療に貢献する歯科技工」参加
• 2018年:アメリカ審美学会(AEED)にて発表
• 2019年:台湾・台南歯科医師会総会に招待参加
• 2025年:国際歯科技工学会 ポスター発表(優秀賞受賞)
■ 特許・共同研究実績
• 2011年:歯科用インプラントに用いるジグ(特許取得)
• 2022年:指エピテーゼの関節機能に関する共同研究(国立石川高専)
• 2024年:人工乳房の開発(金沢工業大学と共同研究)
• 2024年:口唇口蓋裂患者向け、ホッツ床とエピテーゼ一体型新技術の開発
________________________________________
「医療技術と美しさの両立」を目指して、患者一人ひとりのQOL向上に寄与する技工を日々探求中。
現在は、技工と形成外科・再建医療の融合分野にも取り組みながら、
後進育成や地域の医療連携にも力を注いでいる。

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