
「HMEをもっと快適に」― 患者さんとの対話から生まれた試作品づくり
日々の仕事の中で、改めて「技工士という職業の意味と価値」を強く感じる出来事がありました。
先日、咽頭がんの手術後、現在は気管孔で呼吸をされている方から、HME(ヒート・モイスチャー・エクスチェンジャー)についてのご相談を受けました。
HMEは、呼吸時の空気を加湿・加温する重要な装具で、気管孔で生活される方にとって欠かせない存在です。しかし、その方は「どうも今使っているものが自分には合わない」「日常生活の中で不便を感じる」と、率直なお悩みを打ち明けてくださいました。
ご本人の工夫と、あふれるアイデア
お話を伺っていくと、その方は既製品のHMEだけに頼らず、ご自身でさまざまな工夫をされていることがわかりました。
- 身近な素材を使って形を変えてみる
- ズレにくくするために角度を考える
- 装着時の違和感を減らすためのクッション性の工夫
さらに驚いたのは、ご自分のアイデアをイラストに描いて持ってきてくださったことです。
そのイラストには、日々の不便を何とか改善しようとする真剣な気持ちと、「少しでも楽に生活したい」という強い想いが込められていました。
その絵を拝見しながら、細かくお話を伺っていくうちに、私たちの中に自然とこんな気持ちが芽生えてきました。
「これは、ぜひ実際に“形”にしてみたい」
HMEの試作品づくりを決意
そこで、いただいたイラストやご要望をもとに、オーダーメイド感覚でのHME試作品づくりを進めることにしました。
もちろん、HMEは単なる「形」ではありません。
- 吸気時の加湿・加温機能をきちんと保つこと
- 気管孔へのフィット感
- 動いたときのズレにくさ
- 皮膚への負担の少なさ
- 日常生活での違和感の軽減
これらすべてを考慮しながら設計していく必要があります。
現在はまだプロトタイプ(試作品)の段階ではありますが、技工士として培ってきた知識・素材の扱い・構造設計の経験をフルに活かしながら、少しずつ形にしていこうと取り組んでいます。
医療現場における「技工士の役割」を改めて考える
今回のケースを通して、改めて感じたことがあります。
それは、技工士の仕事は「歯科」だけにとどまらないということです。
HMEは、
- 「呼吸」
- 「発声」
- 「日常生活のしやすさ」
- 「外出への不安」
といった、生活の質(QOL)に直結する装具です。
そこに技工士が関わることで、単なる既製品では対応しきれない「その人だけの困りごと」に応えることができます。
「困っている人の声を聞き、それを形にする」
それこそが、私たち技工士の最大の強みであり、何にも代えがたいやりがいなのだと、改めて実感しました。
患者さんと“ともにつくる”ものづくり
今回のHMEの試作品づくりは、決して私たち技工側だけで完結するものではありません。
ご本人の声、生活の実情、困っていること、ちょっとした違和感――
そうした一つひとつの言葉を受け止めながら、「一緒に考え、一緒に形にしていく」プロセスそのものが、何より大切だと感じています。
もしかすると、すぐに完璧な形にはならないかもしれません。
それでも、少しずつ改良しながら、その方の毎日が少しでも楽になるHMEを目指して、試作を重ねていきたいと思っています。
最後に ― 技工士という仕事の原点
「患者さんの声から、新しい装具が生まれる」
この出来事は、技工士という仕事の原点を、私たちに改めて思い出させてくれました。
技工士は、単に決められたものを作る仕事ではありません。
一人ひとりの「困りごと」に向き合い、その人の人生に寄り添う道具をつくる仕事なのだと、強く感じています。
今回のHMEの試作品づくりも、その大切な一歩です。
これからも、「できるか・できないか」ではなく、「どうしたらできるか」を考え続けながら、患者さんの声とともに歩んでいきたいと思います。


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