一流を束ねるということ 〜指揮者・山田和樹さんに学ぶ〜

先日、テレビ番組で指揮者の 山田和樹さん が出演されているのを拝見しました。 クラシック音楽に詳しくなくとも、その名を耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。 山田さんは、世界の名だたるオーケストラから指揮の依頼が絶えない、日本が誇る指揮者のひとりです。
番組では、山田さんが世界最高峰のオーケストラの一つ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮した際のエピソードが紹介されていました。その内容に、私は深く心を揺さぶられました。
ベルリン・フィルという“究極の集団”を前に
ベルリン・フィルといえば、まさに世界トップ中のトップ。「世界最高峰」の呼び声も高く、各楽器のスペシャリストが集い、音楽界の最前線を走り続けているオーケストラです。
そのような“超一流のプロ集団”を前に指揮棒を振るというのは、想像以上のプレッシャーに違いありません。 しかし山田さんは、彼らと向き合うときの心得として、こんな言葉を語っていました。
「まとめるのではなく、共につくる」
一流の演奏家は、ただ「指示をされること」を望んでいるわけではありません。それぞれの経験とプライドを持ち、音楽への深い愛情と探究心を抱いています。 そんな彼らを一つの方向へ導くには、“上から管理する”のではなく、同じ目線に立ち、互いの力を尊重しながら音楽を創り上げていく姿勢が欠かせない。山田さんは、それを実践しているのだと感じました。
これは音楽の世界に限らず、あらゆる分野に通じる本質だと思います。
優れたリーダーは「指示を出す人」ではない
私たちが職場で「リーダー」と聞くと、指示を出し、全体をコントロールしながらまとめていく存在を思い浮かべることがあります。
しかし世界のトップ集団を束ねる指揮者の姿は、そのイメージとは少し違います。 山田さんの言葉やあり方から見えてくるのは、次のようなリーダー像です。
- 場の空気を読む力がある
- 相手を尊重し、感情を押しつけない
- 個々の強みを最大限に発揮させる
- 全体の方向性だけは迷わず示す
- 自分が「前に出すぎない」バランス感覚がある
- そして何より、仲間を信じる
このリーダー像は、音楽の世界でも、私たちの仕事でも、本質は同じなのだと思います。
指揮者は「音を出していません」。 演奏するのは演奏家たちです。 それでも指揮者の存在で、音楽は大きく変わります。
リーダーとは、自分で全てを動かすのではなく、 周囲が動き出す環境をつくる人なのかもしれません。
「言葉を超える対話」──非言語のコミュニケーション
番組の中で、特に印象深かった言葉があります。
「音楽は“言葉を超える対話”である」
この言葉が放たれた瞬間、私はハッとしました。 なぜなら、エピテーゼの製作現場でも、全く同じことが起こっているからです。
患者様と向き合うとき、私たちは言葉だけでコミュニケーションをしているわけではありません。
- 少し迷っている表情
- 安心したときの肩の動き
- 心配を隠そうとする仕草
- 希望が見えた瞬間の目の輝き
こうした“非言語のサイン”を丁寧に受け取って初めて、その方に本当に必要な形が見えてきます。
エピテーゼづくりは、ただの「人工物の製作」ではありません。 患者様と向き合いながら、一緒に「未来の姿」をつくり上げる仕事です。
その本質は、指揮者が音楽家と“言葉を超えて心を通わせる”過程と、とてもよく似ていると感じました。
自然体で一流と向き合う姿勢に学ぶ
山田和樹さんの魅力は、一流の舞台に立ちながら「偉ぶらない」「飾らない」「自然体でいる」ことにあるように思います。
世界のトップを前にしても、力でねじ伏せるのではなく、 丁寧に耳を傾け、誠実に向き合い、互いを尊重する。
そのあり方こそが、一流を束ねる上で最も重要なのだと改めて感じました。
仕事でも同じです。 高い技術が必要な場ほど“人としてのあり方”が問われるものだと感じます。
私も「指揮者」でありたい
番組を見終えたあと、私は自分の仕事に照らしてこんなことを思いました。
エピテーゼの製作は、一人で完結する仕事ではありません。
- 患者様
- 医療者の先生方
- 技工スタッフ
- サロンのスタッフ
- 家族の方々
多くの人が関わり、協力して、一つのゴールに向かっています。 その中心に立つ私たちは、まるで「小さなオーケストラの指揮者」のような立場なのかもしれません。
もしそうだとしたら——
自分も、相手を尊重しながら成果を生む指揮者でありたい。
山田さんの言葉や姿勢は、技術だけでなく、人としてどう生きるかを教えてくれるようなものでした。
学びのある時間を与えてくれた番組に感謝するとともに、今日からまた、自分なりの“指揮棒”をしっかり握り直して歩んでいきたいと思います。


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