
石膏カービングとエピテーゼ製作 ― 形を捉えるということ ―
昨年、新入社員が日本歯科技工学会の歯型カービングコンテストに参加したことを、このブログでも書きました。今年はさらに挑戦の場を広げ、愛知県で開催されるカービングコンテストにエントリーし、日々練習に励んでいます。
先日、その練習風景をそっと写真に収めました。本人はまったく気づかず、ただひたすら目の前の石膏棒と向き合っている。彫刻刀で少しずつ削り、天然歯を参考にしながら形を作っていく――その姿は、まさに「集中」という言葉そのものでした。
この記事でわかること
・石膏カービング(歯型カービング)がなぜ歯科技工士の基礎と言われるのか
・カービングで身につく「形態を捉える力」が、エピテーゼ製作にどうつながるのか
・地道な練習やコンテスト挑戦が、将来の臨床や仕上がりをどう変えるのか
石膏カービングは「歯の形を理解する訓練」
石膏カービングは、歯科技工士にとって基本中の基本です。天然歯の形態を理解し、それを石膏という無機質な素材に再現する訓練。単に「それっぽく似せる」のではなく、咬頭の高さ、溝の流れ、隣接面の微妙な丸み、そして光の反射までを意識して削っていきます。
ほんのわずかな角度の違いで、歯の印象は大きく変わります。正面から見たときはよく見えても、斜めから見たら不自然に見えることもある。だからこそ、必要なのは「観察」と「立体の理解」です。石膏カービングは、目で見て、頭で組み立て、手で再現する――その総合力が問われる練習だと感じます。
地味な練習が力になる理由|身につくのは3つの基礎
一見すると地味な作業かもしれません。しかし、この積み重ねは確実に力になります。カービングで身につくものを、あえて整理すると大きく3つです。
まず1つ目は、観察力。天然歯を「なんとなく見る」のではなく、どこが高く、どこが落ち、どの面がどうつながっているのかを言語化できるレベルで見る力です。
2つ目は、立体把握(形態理解)。目の前にある形を、頭の中で立体として組み立て直し、再現する力。形は平面ではありません。面と面のつながり、厚み、曲率、その連続が自然さを作ります。
3つ目は、手の感覚(再現力)。削りすぎない、残すべきところを残す、線を丸める、角を立てる。ミリ以下の世界で「ちょうどいい」を作る感覚は、短期間では身につきません。だからこそ、コツコツ続ける意味があるのだと思います。
実はエピテーゼ製作にもそのまま通じている
ここからが、私が特に強く感じていることです。石膏カービングで鍛えられる「形を捉える力」は、私が取り組んでいるエピテーゼ製作にも、そのまま通じています。
エピテーゼは、耳や指、乳房など、失われた身体の一部を人工的に再現するものです。そこでは単なる形状再現だけでなく、皮膚の質感、シワの流れ、血管の透け方、指紋の細かな凹凸に至るまで表現する必要があります。ほんのわずかな厚みやカーブの違いで、装着したときの自然さが大きく左右されます。
耳・指・乳房|“自然に見える”は微差で決まる
例えば指のエピテーゼであれば、関節部分の微妙なふくらみ、力を抜いたときの自然な曲がり具合。左右のバランスが少し違うだけで、「なんとなく不自然」に見えてしまうことがあります。
耳のエピテーゼであれば、ヘリックスやアンチヘリックスの繊細な起伏。耳は薄い部分と厚い部分が混在し、その連続が立体感を作ります。角度が変わった瞬間に違和感が出るのも、こうした微差が原因です。
乳房であれば、立位と臥位で変化する重力の影響まで考慮する必要があります。形は固定ではなく、日常の動きや姿勢で変化します。その“自然な変化”まで見越して作ることが、違和感の少ない仕上がりにつながります。
結局、ここでも必要なのは同じです。本物をよく観察し、立体として理解し、手で再現すること。石膏カービングは、その訓練そのものだと感じます。
歯科技工士は芸術家に近いが、芸術家ではない
歯科技工士は、芸術家に近い仕事をしています。しかし芸術家ではありません。自己表現ではなく、「本物にどこまで近づけるか」が使命です。患者様が鏡を見たときに違和感がなく、自然に笑える。そのために、形態を徹底的に追求します。
新入社員が石膏棒を削る姿を見ながら、改めて思いました。この地道な練習は決して無駄ではない、と。今はコンテストに向けた挑戦ですが、その経験は必ず将来の臨床に活きます。たとえ結果がどうであっても、集中して形を追い求めた時間は、確実に本人の中に蓄積されていきます。
挑戦は患者様の笑顔につながる
エピテーゼ製作も同じです。ひとつとして同じ症例はありません。その都度、観察し、考え、試行錯誤しながら形を作ります。目の前の素材と真剣に向き合う姿勢が、すべての土台になります。
本人は写真を撮られていることにも気づかず、ただ黙々と削り続けていました。その背中を見ながら、心の中で「頑張れ」と声をかけました。
形を極めることは簡単ではありません。しかし、その先には確実に技術の向上があります。そしてそれは、患者様の笑顔へとつながります。愛知でのカービングコンテスト、全力を尽くしてほしいと思います。その経験が、未来のエピテーゼ製作にもきっと生きてくるはずです。
コツコツと。
一つひとつ。
形を捉える力を磨きながら、これからも挑戦を続けていきます。
